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学会の懇親会で飲んでいたら、この年になると遠出がこたえるねえ、と総白髪の学者が言った。私たちは無難に笑った。私たちのほとんどは大きなキャリーケースを引きずって全国から来ていた。
「いや真面目な話、おっしゃる通りですよ」
と、中堅の研究者が口を挟む。
以前は、移動の疲労は時間で決まってたんだけどね、と彼は言った。
「四十過ぎたら移動した距離がファクタに加わるみたいなんだ。自分でもびっくりしたんだけど」

彼はずっと首都圏の大学で教えている。同時に十年ばかり、ある特殊な分野の講義をするために、学期中の週に一度、関西に通っている。
「もともと旅行が好きでね、移動が苦にならなくて、自分の講義には遠方から呼ばれるだけの価値があるんだと思うと嬉しかったしーーなにしろはじめた頃は今のあなたくらいの年齢だからさ。自分に需要があるというだけでけっこう舞い上がっちゃう。そういうのってわかってもらえるよね」
わかりますと私は言う。
真実を確かめようだとか、世界をよりよいものにしたいだとか、そういう幻想にとり憑かれた人間、あるいは幻想を強く信じられなくてもほかに行くところのなかった人間が、大学に居残る。だから多くはきっと不安でどこかいたたまれなくて、来て話をしてくださいと言われたら喜んで行く。

「だから週に一度の関西詣でなんか余裕でOKだった。ほかの出張も多いから、しょっちゅう飛行機や新幹線に乗るわけだけど、それも全然問題じゃなかった。学生時代の18きっぷ旅行のほうが疲れは大きかったんだ、主観的にはね」
私は首をかしげる。主観的にもなにも、疲労は移動時間にかかわるものだろうと思う。18きっぷで鈍行に乗って東京から関西に行くより、飛行機で香港あたりに行ったほうがずっと楽だろう。
彼は私の顔の傾きを見て少し笑い、それには言及せずに話を続ける。

「それに海外旅行も好きだから、休みがとれると今度は個人的に出かける。同じような生活をしている人を見つけて結婚して、子どもができたらどこにでも連れ回してまるでそれが当たり前みたいに教育して、うん、子どもって、両親が心底楽しんでにこにこして『楽しいねえ楽しいねえ』って言ってると自分も楽しくなってくるものだからさ、要するに長距離の移動が常態として組み込まれているような生活を、長いことかけて作ってきた」

でもねと彼は一拍おいて、林立するビール瓶の中から比較的冷えているものを探して自分で注いだ。お酌されることを当然と思う人がいないわけではないけれど、若年層や女性にそれを要求するのは格好悪いことだという建前がここには強くあって、彼はとくにその種のことに敏感な人間だった。だから私の持ったビール瓶を彼はきれいに無視し、私はそのことを好ましく思う。

「でもね、どうも週末に疲れが取れなくなってきた。計算してみると、平日の移動距離が長かった日には、とくにひどく疲弊している。絶対移動距離が利いてきている。あなたは今、あちこちに行くのが楽しいでしょう?」

私は頷く。

「それはとてもいいことだよ。思うより長く続かないから、どうか大切にしてほしい」

「学生時代の友だちが商社にいてね、毎週外国に行ってる。住んでるのも外国なんだけど、そこをハブにして近隣のあちこちの国に行く。以前はそれを悪くないと思っていたのに、最近はひどく疲れるんだってさ。どこでもいいから根が生えたみたいに住みつきたいって言う」

「もしかすると神さまみたいなものが、『おまえの一生ぶんの移動がそろそろ終わりに近づいている』と警告してるのかもしれないね」

彼はそう言って、まるでそれが福音であるかのように、愉快そうな顔でグラスをあけた。